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桑田真澄オフィシャルブログ

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2009年2月 4日

早稲田

友へ

2009年も、2月に入りましたね。
元気にしていましたか?

僕は、ようやく試験も終わり、無事に合格することができました。
引退してアメリカから帰国後、仕事の合間にコツコツと勉強を始めたんだけど、
10月から試験が終わる1月までは、いろんな本を読み、資料に目を通し、
レポートの作成にも苦戦したよ。
文章を書くということは、やはり大変な作業だね。
また、大学院を受験するうえで、資格審査などで高卒の大変さを痛感した時期でも
あったよ。

1月24日の試験後も、広島、東京、愛媛、名古屋、東京、名古屋、東京、沖縄、香川と、
毎日移動しながら頑張って仕事をしてきたよ。
精神的には、ホッとしていますが、3月まで仕事がビッシリ入っているので、
入学式まで、しっかりと仕事をしていきたいと思っています。
4月からは、できるだけ学生に没頭するつもりです。

それにしても、夢が叶うって本当に感動するよね。
生きていて何が嬉しいかというと、やはり感動することだよね。
偶然に良い事があって嬉しいという感動もいいけど、
悲しいことや、厳しいこと、辛いことを乗り越えた後の感動は格別だよね。

日本には、素晴らしい大学がたくさんあるよね。
どの大学にも、いい生徒、教授がいて、悪い生徒や教授もいる。
僕が、早稲田に拘っていた理由は、とても単純なんだよ。
単純というか、やはり何かの縁があったんだと思う。

祖父が早稲田出身ということで、
幼少時代、祖母が、「都の西北」を子守唄代わりに歌ってくれていた。
小学生の頃は、早稲田が何なのか知らなかったし、
プロ野球選手になることが夢だったので、大学なんて、どうでもいいことだった。
しかし、中学生になって、PL学園、早稲田、巨人という夢を思い描くようになり、
一層勉学に力が入った。
高校3年生時のドラフト会議で、尊敬している王貞治さんと一緒に野球がしたくて、
プロ野球の世界に飛び込む決断をした。
早稲田への夢を断ったことが、世間を揺るがす大問題に発展し、僕自身も心に深い傷
を負った。
そして何より、早稲田大学に多大なるご迷惑をお掛けしたことを痛感している。
その後、23年間プロ野球の世界でお世話になったが、
早稲田で勉強したいという気持ちは消えることがなかったんだ。
引退をして、これから、何をしていきたいのか自分に問い質すと、
真っ先に、早稲田のキャンパスで勉強したいという答えが返ってきた。
目標が決まれば、すぐに行動に移すのが僕のやり方なので、
そこから、入試に向けての勉強が始まった。

今まで、野球から沢山の幸福を頂いた。
今後は、日本野球界の為に環境を更に整備し、プロ、アマを問わず恩返しをしていき
たいんだ。
そのためにも、自らの経験や実績だけで意見を述べるのではなく、
客観的な視点に立って現代の日本社会と野球界を研究することで、
野球の人気復活、選手の自立と野球界の独立に必要な哲学を身に付けたい。

順番は違ったけど、早稲田のキャンパスで勉強できると思うとワクワクするよね。
合格するより、入学後の方が厳しいことは覚悟しているよ。
大きいことはできないけど、今まで通り、自分のベストを尽くしていきたい。

それにしても、諦めないで生きていると、こんなにも感動を与えて頂けるんだね。
諦めないということが、どれだけ大切かということを、
今回もまた、身をもって教えて頂けたよ。
生きているって素晴らしいよね。
生きているというより、
生かされているという感謝の気持ちでいたいよね。

これからも、友と一緒に、生かされているという心境で、
コツコツと努力して生きていきたいな。
明日も、頑張ろう!

Photo_2

2009年2月 4日